ゆうべのことです。私と妻と二人で早めに二階の夫婦の寝室に行き、エアコンで暖房をかけながらケーブルテレビのAXNで「LOST」を見ておりました。ちょうど私はテレビの方に顔を向けて寝転がっていたので、エアコンの暖風をもろに顔に受けて、暑いの何のって。ところが、寒がりの妻は「寒い、寒い」の連発です。
番組が終わって、「さあ、じゃあもう寝ようか」ということになりました。ところが、妻は「私の布団はパパのとは違って冷たいの」と訳のわからないことを言って座り込んでおります。「そんなわけないだろう」と言いながら、優しい私は私の方の布団の中に妻を入れて、腕枕をして背中をさすってあげながら寝込んでしまいました。妻も温かくなったのか、そのまますーすーと寝息を立てております。いえ、これは決して夫婦ののろけの物語ではないのです。メインストーリーはここから始まります。
夜中、妻はまだ私の布団の中で眠っておりましたが、突然半分目を覚まして私に言いました。
妻:「もう腕が疲れちゃうから、自分のお布団の方に戻っていいよ」
私:「何言ってんだ?これはね、俺の布団なの!」
妻:「う〜ん?おかしいなあ」
私:「だいたいね、戻っていいよって言ったって、毛布もみんな佳代子がかけてるんだよ」
妻:「う〜ん?おかしいなあ」
寝ぼけている妻といくら話していても埒があかないので、私は毛布は妻にあげたまま、自分の掛け布団だけを取り戻して自分のベッドに戻りました。妻は自分で掛け布団だけはかけ直して、それで「じゃあね」と言ってすぐに眠りに落ちてしまいました。私はもうおかしくて笑い転げてしまいそうになりましたが、夜中でしたのでそのまま大人しく床についたのです。
翌朝、目が覚めて妻に言いました。
私:「結局、佳代子が俺の毛布をずっとかけてたんだぞ」
妻:「うそだよ、毛布は返したよ。ほら、パパの足下で丸まってる」
私:「あのねえ、それさっきこっそり戻したでしょ」
妻:「パパがいじめるから、もう一度寝ちゃおう」
てなわけで、妻はまた眠ってしまいました。寒がりの妻なので腹が立つことはありませんが、まったくおかしなやつでしょう?どこまで寝ぼけていたのかは、未だに不明であります。私は今朝は鼻水が出ます。もしかしたら、寒さに耐えながら眠っていて、風邪をぶりかえしてしまったかも。
こらっ、佳代子!亭主に風邪引かせるな!毛布返せ!
我が家の愛犬龍馬君は、最低でも一日に2回は散歩に連れて行ってもらっているので、ストレスなどはあまりたまっていないはずなのですが、やはり動物にとっては外をリーシュ無しで自由に飛び回りたいという気持ちは、根強く持っているのですね。
ある日のこと、我が家で開校した石山外語学院の生徒さんが玄関のドアを開けた瞬間に、いつもなら生徒さんに飛びつくだけの龍馬が、何とドアの隙間から外に出てしまったのです。最初は本人も何が起きたのかわからなかったようでしたが、私が焦った表情をしたものですから、それでやっと自分の置かれた有利な立場に気づいた龍馬は、石段を飛び降りで、バンビのようにぴょんぴょん跳ねながら逃げてしまいました。
最初は戻ってくる気配も見せていたのですが、次第に道路に出てどこかへ消えてしまったのです。妻は用事で東京に向かって電車に乗っている途中。母は用事で市役所に。龍馬を捕まえるのには、一人ではとても足りません。すぐに妻にメールを送って引き返すように連絡すると同時に、市役所の母にも電話を入れてすぐに戻ってくれるように頼みました。私は生徒さんに留守番を頼んでバイクに乗ってあちこち見回ったのですが、龍馬はどこにも見あたりません。
しばらくしてあきらめて家に帰ってきた私ですが、そのうち母を乗せた車がこちらに向かって来るのが見えました。よく見ると母の腕の中に龍馬が抱かれているようでした。そうです、龍馬は大好だったおばあちゃん(2月に亡くなりました)の家に遊びに行って、そこのワンちゃんたちと遊んでいるところを、知り合いの人が見つけてくれて、ちょうどそこだと予想して駆けつけた母に捕まったのでした。
それ以来、龍馬は誰かお客さんが来る度に、ゲージに入れられて鍵をかけられてしまいます。今回の脱走が何と4回目になりますからね。前科4犯では放置しておくわけにはいきません。龍馬も最近ではそのシステムがよくわかってきたようで、お客さんが来ているときはゲージの中で大人しくしています。本当は自由に飛び回らせてあげたいのですが、なかなかそうもいきませんからね。そのうち、近所にドッグランができると聞きました。そうしたらすぐに連れて行ってあげようと思います。
龍馬のおもしろエピソードを語ったら、もうページが足りないくらいなのですが、これは本当にびっくりしてしまったお話です。でも、いい話なんですけどね。
龍馬は散歩で出会う犬と次から次へと友達関係を結んでしまいます。本当に不思議な犬で、自己顕示欲が強くないので、普通なら威嚇的になる犬も、龍馬には不思議と警戒心を抱かないようなのです。そして、猫も大好きで、道で猫を見かけると友達になりたくて大騒ぎです。もちろん、猫の方はたまったものではありませんよね。犬なんかと友達になりたいとは思っていないわけです。
そんな龍馬が、ある日品のいいおばあちゃんが連れていた同じ柴犬の2歳の雌「モモちゃん」と出会ったときでした。二匹ともものすごい勢いで抱き合い始めたのです。普通はお互いに匂いをかぎ合ったりして、それからどうするか態度を決めるのですが、このときはそういう儀式は一切抜きで、突然二匹とも立ち上がって抱き合ってしまったのです。龍馬にすれば年上のお嬢さん。よほど気に入ったのでしょうね。相思相愛です。龍馬もそろそろパパになる準備もできましたから、お嫁さんを紹介してあげないといけないのですが、私はモモちゃんがいいなと思っています。ところが、その話を妻の佳代子にしたら、絶対にダメだと言うのです。もうすっかり龍馬の母親になっていて、龍馬にはやたらの雌犬は近づけたくないとか。全くそんなことをしていたら、龍馬はそのうち「冬彦犬」になってしまうのではないかと心配になります。私は早く龍馬の子供が見たいのです。映画の「ベートーベン」ではありませんが、龍馬の子供なら何匹でも面倒を見たい気がします。しかし、普段龍馬一匹であたふたさせられている母や妻は、「そんなのとんでもない!」と叫びます。でも、きっとかわいい孫たちの顔を見たら、すぐに気が変わるでしょうけどね。
【後日譚】実は、ときどき二匹の犬を連れて散歩をしているおじさんと出会うのですが、その二匹のうちの一匹が「モモちゃん」であることが判明しました。つまり龍馬は、モモちゃんと何度か会っていながら、結構素っ気ない態度を取っていたことになります。何というプレイドッグ!
小学生時代、私は国語の作文が死ぬほど嫌いだったのに、なぜかラブレターとなると、真剣に取り組んでおりました。そして、小学校5年生の時、同じクラスのHさんに一生懸命ラブレターを書いて渡したのです。確か家のこたつに入りながら、1時間ほどもかけて丁寧に万年筆で書いたような記憶があります。Hさんは私の恋文を受け取ると、すぐにトイレに行ってしまいました。そして、教室に帰ってきたときには顔が真っ赤になっていたのです。私はHさんが嬉しかったものとばかり、あれから30年近くも思いこんでいたのです。
ところが、ある同窓会の時、私はたまたまHさんの向かい側に座ったので、ちょっとお酒が入った頃合いを見て聞いてみました。「あの手紙覚えてる?」「えっ?覚えてないわよ」Hさんの返事は非常にあっけないものでした。ところが数分後、Hさんは改めて私に言ったのです。「ちゃんと覚えてるってば」「あのとき、顔を真っ赤にして教室に帰ってきたでしょう。嬉しかったから?」私も調子に乗って馬鹿なことを訊いてしまったものです。「何言ってるのよ。石山のやつ私のことなめてんのか!って思って怒ってたんだから」「何だそうだったのか…」というわけで、私の誤解はそのままにしておいた方がどうやら良かったようです。でも、その年の暮れにはHさんの家で一緒にクリスマス会をやったのですから、Hさんもまんざらではなかったのかも知れませんね。もちろんもう確認はしませんけど。
KGC(国際外語センター)での英検特別講座でのお話。生徒さん達は小学校の高学年から中学3年生までがおりました。ほとんどは女の子で、みんな寒くなってきたのでズボンやスパッツをはいています。そこで私は英語で質問をしました。ごくごく普通の質問だったのですが…。
"Which do you like to wear better, pants or skirts?"
一部の生徒達は目が点状態。「えっ?パンツをはくのが好きってどういうこと?パンツなんかはくに決まってるのに、石山先生って何でこんなエッチな質問をするんだろう」という目つきなのです。
「ああ、そうか、"pants"って聞くと、日本人は下着のパンツを連想しちゃうんだよね。英語ではズボンのことを"pants"って言うんだよ。だから半ズボンなら"short pants"だね。"pants"って複数形になるのは、ズボンは足が2本はいるようにできているからなんだよ。」
生徒達はやっと安心した表情になりました。そしてほとんどの女の子は"I like wearing pants better."と答えました。どうしてかというと、その方が動きやすいからという理由と、制服でスカートははいているから、普段着はズボンの方がいいそうなのです。あのまま説明をしなかったら、私はとんでもない「エロ教師」として親から苦情が来ていたことでしょう。英語を教えるときには気をつけないといけませんね。
私は、国際外語センターの派遣講師として、小田急線足柄駅の近くにある小田原高等看護専門学校で英語の授業を担当しています。去年の秋は2年生を、今年の春は1年生を担当しているのです。先日も、今日は小田原だというので、いつも通り6時に起きて支度を済ませ、朝食を食べて7時に車で家を出発しました。
その日の朝はあいにくの雨模様で、道路がいつもより混んでいて、看護学校に到着したのは授業の20分前でした。いつもは40分前には到着しているのです。もちろん、20分前でも決して遅くはないのですが、何せ遠くの学校なので、途中で何が起きるかわかりませんから、できるだけ早めに行くようにしています。
いつものように、講師室に入ると、職員室の方でざわざわと会話が聞こえます。「あれっ?石山先生が来ちゃったわ!」と言っているように聞こえました。なぜ「来ちゃった」なのかなあと不思議に思っていると、一人の先生がやってきて、申し訳なさそうに言うのです。
「あのう、石山先生、今日は1年生は研修日で外に出ていて授業はお休みなんです。先週きちんと確認しなくて申し訳ありませんでした」
「ああ、そうなんですか。でもいいじゃありませんか。授業があるのに勘違いして来なかったと言うのだと大問題ですからね」
「それじゃあ、せめてコーヒーでも飲んでいってくださいね」
「ありがとうございます。それではご馳走になります」
というわけで、私の勘違いで授業はなかったのです。でも、心から思いました。ないのに勘違いして行ってしまう方が、その逆よりはずっとましだなあと。校長先生まで恐縮して謝ってくださって、何だかとても悪いことをしてしまったような気がしました。
帰りは国道1号線の渋滞を避けたかったので、珍しく西湘バイパスを使いました。通行料は250円だけ。あっという間に茅ヶ崎まで帰ってきてしまって、いつもの苦労が何となくばからしく感じました。
ゆうべのことでした。居間のカーテンのところに敷いてある龍馬用のブランケットの上で寝そべっていた龍馬が、いきなり起きあがって、私の方をじっと見ながら「ワン!」と吠えたのです。私はどうしたのかと思い、龍馬の顔をまじまじと見てしまいました。彼は、ちょうど人間が胸を張って何かを主張するときのように、少しあごを上にあげて吠えていたのです。
そのとき、私は何をしていたかと言うと、ソファーのいつもの位置に寝そべってテレビを見ておりました。妻はホットカーペットの上に新聞を広げて一生懸命記事に目を通しているところでした。最初の「ワン!」は無視した私でしたが、しばらくして同じポーズで「ワンっ!」と吠えたときには、思わず私と妻は顔を見合わせてしまいました。
妻:ねえ、パパのいる場所に行きたいっていってるんじゃないの?
私:でも、龍馬の定位置はソファーの反対側だろう?それとも、俺にどけって言うのか?
妻:もしかしたら、そうかも知れないわよ。試しにどいてみたら?
私:いくら何だって、主人に向かってそこをどけとは言わないだろうに。
私は、妻の言葉に従って試しにソファーをどいてみました。そして龍馬に向かって「はい、どうぞ」とわざと促して見たところ、何と龍馬はいそいそと私のいたソファーの場所に飛び乗ってくつろぎ始めたではありませんか。妻の予想はぴったしかんかんだったのです。な、なんと、我が家の愛犬はご主人様に「そこは僕の場所だからどいてよ」と命じたことになります。
私は龍馬の思わぬ自己主張におかしくて大笑いしてしまいました。でも、そこで得意そうに寝そべっている龍馬を見たら、何だかかわいくて文句を言う気持ちにはとてもなれませんでした。我が家の龍馬君は2歳にしてついに我が家の実権を握ったのでありました。こんなんでいいのでしょうか?
実は、昨夜のことなのですが、私は確かに夜中に犬の遠吠えのような泣き声を聞いた気がしたのです。そこで今朝になって母に確認してみました。
私:ねえ、ゆうべさ、龍馬が夜中に吠えたりしなかった?
母:吠えたよ。どうやらね、悪い夢を見たらしくて寝ぼけて吠えたみたい。
私:やっぱり気のせいじゃなかったんだ。
母:最近よく夢を見るみたいだよ。
そうだったのです。夢にうなされた龍馬が吠えたのです。確かにときどきソファーの上で眠っている龍馬が、夢を見ているらしく、何やらもごもごしゃべっている光景は何度か目撃したことがあるのですが、夜中に大きな声で吠えたことはありませんでした。龍馬はとにかく無駄吠えを全くしない犬だったのですが、やはりお兄ちゃんになってくると自己主張が強くなって、吠えるようになるものなのでしょうかね。
それにしても、龍馬はどんな夢を見ているのでしょう。確か昨夜は私がふぐ刺しを食べていて、いつも私だけの時にはこっそり龍馬にお裾分けをしてあげたりしているのですが、母が休みでいたものですから、テーブルのところにやってきた龍馬を追い払うしかありませんでした。龍馬の健康のために、人間の食べるものはいっさいあげないことにしようと、家族で決めたのです。つまり私はルール違反を犯しているというわけです。
がっかりした龍馬は、寂しそうに居間の自分の場所にとぼとぼと戻って行ってしまいました。もしかしたらそのときのことを夢に見ていたのかも知れませんね。「パパ、いつもみたいにちょうだいよ!」と一生懸命吠えていたのかも知れません。ごめんね、龍馬君。
まあ、年を取ると人間とんでもなくとんちんかんなことをするものですが、我が家でも今朝ある珍事が発生しました。実はきのうの昼に母が作ってくれた焼きそばがちょうど大皿一杯残っていたのです。私は朝ご飯の時に、おかず代わりに食べようかと思っていたので、温めようかと思ってテープルの上を見ると、消えている。
私:ねえ、あの焼きそば捨てちゃったの?
母:捨てないよ。あっ、そうそう、今朝食べようと思ってチンしたんだよ。
(電子レンジのところに温かくなっているはずの焼きそばを母が取りに行きました)
母:あれっ?焼きそばがないよ。どこへ置いちゃったのかなあ?
私:まさか、そのまま冷蔵庫に入れちゃったりしてね。
母:そんな、馬鹿な。
(と言いながら、一応念のために冷蔵庫を開けた母)
母:あら、入ってるよ。
私:そんなことだろうと思ったよ。
妻:そういうこと、よくありますよ、お母さん。
フォローになったかどうかわからない妻の言葉をにこにこして聞きながら、母はもう一度焼きそばをチンしたのでありました。でもおいしい焼きそばが食べられたので、めでたし、めでたし?
☆いやあ失礼しました。実はよくよく事情を確かめてみたら、母は焼きそばをチンしにいって、何を勘違いしたのか、電子レンジではなく冷蔵庫にそのまま入れてしまったのだそうです。「チンしてから冷蔵庫に入れちゃった方が面白いからいいじゃん」と私が言うと、「嘘はいけないよ、嘘は」ということでしたので、ここに訂正いたします。
これはECCでの授業の話です。ちょうど、入門英会話のクラスで生徒さんは高校1年生たちだけでした。相手のいろいろな情報を英語で尋ねる練習をしていたときのことです。一応条件設定は、46歳の女性で結婚していて子供もいるのです。A君とB君の会話を再現します。
A君:Are you married?
B君:Yeah, I'm married.
A君:Do you have any kids?
B君:Yeah, I have a son and a daughter.
A君:How old are you?
B君:I'm six years....
B君は"I'm forty-six years old."と言おうとして、思わず"six"だけを言ってしまいました。講師の私はもう爆笑。B君に英語で言いました。授業は全て英語なので英語で言うわけです。
"You're just six years old and you are married and you have three
kids? It's impossible!"
いつもは大人しくて言葉数も少ないB君がいきなり腹を抱えて笑い出し、次の台詞を言えなくなってしまいました。それには周りの女の子達もぎっくり仰天。みんなで爆笑した瞬間でした。
やはり我が家のお笑い物語は龍馬君の話題に集中してしまいます。龍馬がいろいろなものをくわえて運ぶようになったのは最近のことではないのですが、次第に運ぶものの内容が変わってきたのです。つい先日は、私のバッグの中からペーパーバックの英英辞典を取りだして、その表紙の一部を食べてしまいました。いくら龍馬でも英語の勉強まではしないでしょうにね。全部食べられてしまわなかっただけでもラッキーだったのですが。
そして、今日は何とサツマイモをくわえて歩いているではありませんか。もう、それを見つけた妻と私は爆笑してしまいました。すぐにお縄になってサツマイモは口から離したのですが、彼はそんな生の芋をどうするつもりだったのでしょうね。バナナでさえ口にできない龍馬なのです。どうやら果物や野菜系は苦手のようです。
妻の佳代子のスリッパは新しくなったので、常にねらっているのですが、こちらは佳代子が警戒していつも龍馬の手が届かないところに置いてしまいますから、今まで2回ほどしか奪われていません。
最近は、よくゴミ箱の中のティッシュをくわえてくちゃくちゃ噛んでいることが多いのです。ちょうど、私たちがするめを噛んでいて、自分の唾液が混じってくちゃくちゃやっていると味が余計に出てくるのと同じ原理なのでしょうか。龍馬はティッシュのくちゃくちゃが大好きです。決して食べてしまうわけではないのですが、ゴミ箱あさりが癖になってしまうと、例えば乾燥剤のシリカゲルを食べてしまったり、除光液の染みこんだコットンを食べてしまったり、危険なことがいろいろ考えられます。ゴミ箱は龍馬が顔をつっこめないようにはしてあるのですが、ふと油断してテーブルの下から外に出していたりすると、もう大変です。
動物だから本能的に危険なものは口にしないのではないかとつい期待してしまうのですが、どうやらそうでもなさそうです。確かに自然界でも、ビニール袋が胃腸に詰まってしまって命を落とす野鳥がいたりしますからね。私たち人間がよほど注意してあげないといけないのでしょう。
それは私がまだ女子ソフトボール部の顧問をしているときのことでした。「鬼顧問」として県内でも有名だった私は、練習試合の最中でも怒鳴りっぱなしです。あるチームに、非常に運動が不器用な選手がおりました。彼女は必死で頑張っているのですが、なかなかどんくささが抜けません。当然のことながら、チームの中で彼女が一番私に怒鳴られる回数が多かったのです。ある時などは、「お前みたいなやつはとっととグラウンドから出て行け!」と私が吠えたら、彼女は大声で「いやです!」と答えたものですから、私は怖い顔をしたままバットを手に彼女の方へ近づいていきました。よほど怖かったのでしょうね。彼女は脱兎のごとく校舎裏へ逃げ出したのです。他の部員が心配して彼女を追いかけていきました。叱られても逃げたら負けだということを部員たちはよく知っていたからです。ところが彼女はなかなか戻っては来ませんでした。
そんな彼女がある練習試合の時に、私に必死なところをアピールしようとしてホームめがけて思いっきりヘッドスライディングをしたのです。確かタイミングは完全にアウトで、突っ込んできてはいけないときだったのだと思います。彼女はベンチの私のところに来て「すみません」と真剣な顔で謝りました。ところが、私は彼女の顔を見た瞬間に思わず吹き出しそうになってしまったのです。彼女の顔は石灰と土埃でまるでパンダのお化けのようになっていたのでした。私は精一杯笑いをこらえて、「もういいから、行きなさい」と言ったのですが、後ろで他の部員達はくすくす笑っているのです。私は顧問なのでまさか大笑いするわけにもいかず、非常に苦しい思いをしました。これも鬼顧問を演じて部員をいじめていた罰だったのでしょうね。
彼女の名誉のために言っておきますが、彼女は3年生の引退時には立派な選手に成長しておりました。でもあの顔だけは勘弁して欲しかった。なんて言ったら怒られますね。
ということで、今流行の「ひろし」風にタイトルをつけてみたのですが、うちの愛犬の龍馬は本当におもしろい犬なのです。まず大好物がマグロの刺身と甘エビとホッケ。もちろん豚肉や牛肉も好きなのですが、高いドッグフードを買ってきてもなかなかすぐには食べてくれません。それからチーズも大好きです。
後、他の犬や猫が大好きで、散歩で犬や猫に出会うとすぐに友達になろうとします。警戒心とか縄張り意識とかが欠損しているのです。特に猫は大好きで、猫を見かけると狂ったようにそばに駆けていこうとするのです。犬が突進してくれば当然のことながら猫は怯えますよね。龍馬はそんなことはちっとも理解できませんから、猫たちがどうして自分を嫌うのか不思議なようです。しかし、中には気の強い猫がいて、背中をそそり立たせてものすごい鼻息をたてながら龍馬とおよそ1メートルくらいの距離でにらみ合っていることがあります。当然猫の方は睨んでいるのですが、龍馬は親愛の情を示しているのです。
3ヶ月で我が家に来てから、ずっと室内で私たちと暮らしているので、「敵意」というものを知らないのでしょうね。「危険」も知りませんから、先日などはコードをかじっていて、感電してしまいました。とても穏やかな性格で散歩で出会う人からはまず100%褒められるのですが、とにかく犬の常識を逸脱した行動パターンをとるので、こちらは気が気ではありません。
人間の食べ物はできるだけ与えないようにしているのですが、目をうるうるさせてじっと見つめるものですからついつい何かをあげてしまいます。龍馬はそれに味を占めて、殊勝な態度をとれば何かがもらえるという悪知恵を身に付けてしまったようです。長生きしてもらうためにも、もう少し厳しくしないといけませんね。それに、猫に近づきすぎて目でもひっかかれたら大変ですから、注意させたいと思います。
これは笑い話にしてはちょっとかわいそうなのですが、我が家の愛犬龍馬君は犬や猫が大好きなのです。特になぜか猫が好き。もちろん好かれた猫の方はいい迷惑なんですけどね。それで、今日の散歩の時、しゃれたおうちがあって、その玄関先の砂利のところに猫の立て札が立っていたのです。龍馬はそれを見て本物の猫だと思いこんだのでしょう。もうそばに行きたくて仕方ない。私がいくら言い聞かせても、どうしてもそばに行きたいのですね。やっとのことで引き離しました。
最近は、ガラス戸に映る自分の姿を見て吠えていたりします。自意識が確立されてきた証拠なのでしょうが、これでは川に映った自分の姿を見て「わん!」と吠えた瞬間に、肉屋から失敬してきた肉を川に落としてしまったイソップ物語の「欲張りな犬(The
Greedy Dog)」と同じになってしまうではありませんか。
龍馬には、インターネット上の龍馬の写真を見せても、鏡を見せてもあまり興味を示さなかったのですが、もしかしたらこれからは興味を示すようになるかも知れませんね。まあ、川にだけは飛び込まないで欲しいとは思いますけどね。
私は子供の頃に非常に変わった趣味を持っていました。それは、お金を銀行でよく見かけるようにきれいに紙で包んでコイン50枚単位で筒を作って、木製の千両箱に保管することです。ちょうど年代別にコインを収集していたこともあって、ときどきゲームセンターに出かけては、そこの両替機でお札をコインに換えて、大量のコインを鞄に入れて家に戻ってきたこともありました。また、お金はきれいな方がいいということで、入れ歯磨き用のポリデントの錠剤を使って、コインをぴかぴかにしたりもしていました。さすがに子供ですから100枚の束を作るほどのお札は持っていませんでしたが、私にとって毎日お金を数えて千両箱にきれいに整理することは、非常に重要な日課となっていったのです。
さすがに大人になってからはそんな馬鹿な真似はしなくなりましたが、私は学校の教員になるよりも、銀行の職員になった方が良かったかも知れませんね。学校の教師をしていても、子供たちから教材費などを収集したときにお金を数えるのがやけに楽しかったことを覚えています。お札を束にする作業も大好きです。自分で作ったプリントを印刷するのも好きな私ですから、銀行よりもむしろ大蔵省印刷局に勤めた方が良かったかも知れませんね。誤解の無いように言っておきますが、私は偽札や偽金を作ることには全く興味はありません。ただ、本物の金貨が欲しいとは思いますね。ですから、庭を掘っていて徳川の埋蔵金を掘り当てて大金持ちになった夢などは、今でもよく見ますよ。沈没船から大量の金貨を発見するなんていうのも最高ですね。
私は教員時代に10年以上女子ソフトボール部の顧問を務めましたが、何が大変かと言って女の子たちに野球のルールを教え込むことほど大変なことはありません。あるときなどは、ランナー満塁の場面で次のバッターがバントをして、そのボールがホームベースのすぐ前に落ちました。すると、うちのキャッチャーはそのボールをつかんで一塁に投げたのです。しかも暴投でした。それが新人戦の県大会で起きたことですからいやになってしまいます。ボールを手にしてホームベースを踏んでいれば終わりなのです。
あるとき、外野フライが上がったのに、普段から訓練しているタッチアップも忘れて、セカンドランナーがいきなり走り出しました。私は思わず怒鳴りました。「馬鹿野郎!戻れ!タッチアップだろう!」すると選手の一人が私に小声で言ったのです。「先生、ツーアウトです」…監督である私が、アウトカウントもわかっていなかったなんて、本当に恥ずかしい思いをした瞬間でした。
学校のエピソードはたくさんありすぎてきりがありませんね。ある日、私が休み時間にたまたまある教室に入って、窓から外の景色をぼうっと眺めていたときでした。後方でガサガサっと人の気配がしたので、振り返ると、ある男子生徒が自分の鞄からおもむろにお弁当を取り出して、早弁を始めたのです。彼は私の存在には全く気づいていないようでした。私は何だか申し訳ないような気持ちをこらえて、仕方なく声をかけました。
「ねえ、何やってるの?」彼は目の玉が飛び出るかと思うほどびっくりして、パニックになり、「先生、どうもすみません!」とただただ謝ります。「そんなにお腹がすいてたんだ」「は、はい、もうしませんから」「いいよ、先生は見なかったことにするから、早く次の授業に行きなさい」彼は、ほっとした表情で教室を飛び出して行きました。実は、私自身職員室で早弁をしたことが何度もあるのです。教師でもお腹がすくのですから、若い中学生たちがお昼まで待てなくても仕方ないでしょう。
私も、高校時代は2時間目と3時間目の間にお弁当を食べてしまって、3時間目が終わった後の昼食の時間には学食でコロッケカレーとかコロッケそばを食べていましたからね。でも、陰湿ないたずらをしたわけではないのだから、見逃してあげても問題ないでしょう。それにしても、彼は相当焦ったことでしょうね。私は、約束通りそのことは担任には伝えませんでした。
これは本当に間抜けな話です。私が中学3年生の時に付き合っていたN子と、大学を卒業する直前に上野動物園で本当に久しぶりのデートをすることになったのです。それまではたまに手紙を交換したりしておりました。私は単純なので、こんなに長く付き合いが続いていたのだから、N子に結婚を申し込んでもいいんじゃないかと思い、上野公園の茶屋で話を切り出そうとしたのです。「あのさ、ちょっと話があって」すると、彼女の方も「私も石山君に相談したいことがあったの」と言うのです。私は、彼女に先を譲りました。
彼女の相談とは…「私、今勤めている会社の人と結婚したくて」ガーン!そんな相談をされても私にはどう答えていいかわからないじゃありませんか。そして彼女は言いました。「それで石山君の話ってなあに?」私はごまかそうかと思ったのですが、正直に言いました。「実は、君にプロポーズしようと思っていたんだ。でもだめだったね」帰りの電車の中で二人の間に気まずい沈黙が訪れました。まあ、私の方が最初に話を切り出しても結果は同じだったとは思いますけどね。
風の噂では、彼女はいいママになって元気に暮らしているそうです。パパがそのとき相談された相手の男性なのかどうかは確認する術はありませんけどね。
内気だったはずの私なのですが、事女の子のことになると、人が変わったように積極的になる小学生でした。6年生のある日、かわいい転校生が来たのです。私のクラスにではなくて、隣のクラスにです。私は何を思ったかすぐにラブレターを書きました。「僕のことが好きですか?」というラブレターです。突然、面識もない私からラブレターをもらって、その女の子もびっくりしたでしょうね。私は本当にガキだったのです。
でも、その子は優しくて、すぐに返事をくれました。その返事にはこう書いてありました。「ふつう」…かわいい話ではありませんか。でも当時の私はきっと目が点になっていたでしょうね。そして、その女の子もずいぶん賢い娘さんだったのだなあと今更ながら思います。結局、私の行き当たりばったりの恋は実ることはありませんでした。転校生にすぐに惚れてしまう悪い癖は、中学生になってからも結局直りませんでした。まったくどうしようもないアホなやつだったのですね。実際、中2の時に付き合った女の子も、中3のときに付き合った女の子も、二人とも転校生でした。ああ、嘆かわしや!

私は以前はよくパチンコ店に通っていましたが(教員時代のことです)、民間に出てからは労働時間も不規則になって頻繁に遊びに行くこともできなくなりました。でも、ストレス発散とお小遣い稼ぎの意味で、藤沢駅の近くにこじんまりとした雰囲気のいいパチンコ店を発見。ときどきそこに行って、最近ではほぼ負けなくなりました。これは時間的な制限があって、延々とやっていられないことが幸いしているのでしょう。
ところがある日、一気に6箱(約39,000円分)積んだのですが、その後いつもとは違って3箱も飲まれてしまったのです。3箱目が殻になって店のお姉さんを呼んで手渡した瞬間、最高のリーチが来ました。私もそのお姉さんもそのままフリーズして画面に集中。私がやっているのは「大海物語」です。図柄は亀さんの「3」。息をのんで二人が画面を見つめていたにもかかわらず、亀さんは縦に並んでストップしてくれませんでした。
その瞬間、私とお姉さんは目を遭わせて大笑い。まあ、実は「大笑い」ではなく「くすくす笑い」だったのですが、私は一緒にドキドキしてくれたお姉さんに「ありがとう。悪かったね」と笑顔で言って、それであきらめて辞めました。儲けは5,000円。6箱でやめていれば25,000円の儲けになっていたのになあと思うとちょっと残念でしたが、1,000円でも儲かれば有り難いと思わなければいけないのが今のパチンコ屋さんです。なぜなら、周囲を見回せば大金をつぎ込んでもまだ大当たりが来なくてイライラしているお客さんが大勢いるからです。
私の家系は代々賭け事が好きな家系だったそうです。ただ、私の父だけは真面目で酒もたばこも賭博もやりませんでした。きっと手を染めればのめり込んでしまうことを知っていたのでしょう。私も同じ性格なので、決して競馬や競輪には手を出しません。ラスベガスにも絶対に行かない。大損をするような余裕はありませんから、せいぜいパチンコが精一杯なのです。ところがどういう才能に恵まれているのか、1ヶ月もパチンコ屋さんに通うと、そのお店のコンピューターパターンを読めるようになってしまうのです。ですから、今では10回に1回負ける程度の損失で、仕事でもらうお給料よりも遙かに多い金額をパチンコ屋さんからいただいています。「パチプロ」ではありませんが「セミプロ」くらいの腕前はあるかも。な〜んて余裕をぶっこいてると(悪い言葉で失礼!)、いつか負けが続くときが来るでしょうから、常に初心に戻って謙虚に打ち続けたいと思います。
それにしても笑顔が心を癒してくれたお姉さん、本当にありがとうね!気持ちよく台をあきらめられましたよ。マリンちゃんと同じくらいあなたの笑顔は素晴らしかった!
これは私が獨協大学に在籍していた頃のことです。大学の近くに草加市立花栗中学校という学校があって、そこの教頭先生は「橋」という本を出版されました。その教頭先生は剣道の達人でもあり、当時坂本龍馬に心酔していた私は、何を考えたかいきなり教頭先生のお宅のベルを鳴らしたのです。手には色紙を持っておりました。直筆のサインをもらいにいったわけですね。
ところが、突然訪問したどこの馬の骨ともわからない私を、教頭先生は中に招き入れてくださいまして、何と夕食までご一緒させてもらうことに。すると、そこにはもう一人お客さんがおりました。その方は教頭先生の弟さんで、何と草加市の市長さんだったのです。私は教頭先生のお嬢さんにお酌までしていただいて、時間が経つにつれて自分がとんでもないことをしてしまったことにだんだん気づいてきました。
帰りに、教頭先生はきれいに筆字で書いてくださった色紙と、大切な木刀をプレゼントしてくださいました。塾の講師をしていた私に、公立学校の管理職の先生がこれほど親切にしてくださるなんて、私は本当にうれしさの頂点におりました。今思うと、何と大胆な学生だったのかと、我ながらあきれてしまいます。思いこんだら命がけというタイプなのですね。
これは私の知人夫婦のお話です。私の知人は暑がりなので、いつも夜寝るときにエアコンのタイマーをセットしてベッドに入るのですが、運悪く奥さんは寒がりなのです。いつも、布団をしっかりとかけて寝ないと寒くて仕方ない奥さんは、ある作戦を思いついたのでした。
知人:お前、エアコンのコントローラー知らないか?
奥さん:あら、そこらへんに置いてない?
知人:ゆうべから見あたらないんだ。
奥さん:もう必要ないってことなんじゃないの。
知人:でも見つからなかったら困るだろう。
奥さん:・・・・
私の知人はどうも奥さんの対応が怪しいと思ったらしく、奥さんがお風呂に入っている間に黙ってハンドバッグの中を探って見たそうです。すると予想的中。何とエアコンのコントローラーはしっかりとハンドバッグの中にしまわれていたのです。そこで知人は携帯電話で友人にメールを送るのが大好きな奥さんに仕返しを考えました。もちろんエアコンのコントローラーはそのままにしておいたそうです。
奥さん:ねえあなた、携帯の充電器知らない?
知人:えっ?確かそこらへんに置いてあったと思うけど。
奥さん:ゆうべから見あたらないのよ。もう携帯の電池が切れちゃって使えないのに。
知人:・・・・
奥さん:まさか、あなた隠したんじゃないでしょうね。
知人:さあね、エアコンのコントローラーが見つかったら充電器も見つかるかもね。
二人はしばらく顔を見合わせて大笑いしたそうです。お互いに意地悪はやめましょうね。
きのうの日曜日、いつものように龍馬の朝の散歩から帰ってきた母が私に言いました。
母:松林中にたくさんソフトのチームが集まっていたけど、お前と同じような体格で、メガネをかけていて、
怒鳴りまくっていた監督がいたよ。
私:おかしいなあ。俺以外には県内でわめき散らす監督なんかもういないはずなんだけどなあ。
母:何か、おもしろいユニフォームのチームもいたねえ。
私:それはきっと横須賀の常葉中だよ。今の県のチャンピオン。
それにしても、俺と同じような体格で?寒いから着ぶくれしてたんじゃなくて?
母:そうじゃないよ。
私は、それからしばらくしてグラウンドに様子を見に行ってみました。すると、私の予想したとおり、母の言う面白いユニフォームというのは横須賀市立常葉中学校でした。「おもしろい」というより「かっこいい」という方がいい立派なユニフォームです。監督の佐久間先生は着ぶくれしていましたが、メガネはしていません。
佐久間監督:いやあ、久しぶりですねえ。
石山元監督:何だよ、松林に来たんだったらまず挨拶しろよな。
ところでさ、向こうに来ているチームはどこ?
佐久間監督:ああ、あれは三上先生のところの相模丘中ですよ。
石山元監督:へえ、わざわざ津久井から出てきてくれたんだ。
私は納得しました。そうです、私の大親友三上監督は私と体格がよく似ていて、メガネもかけていて、私と同じようにわめき散らす監督でした。
石山元監督:三上さん、こんちには。
三上監督:いやあ、本当に久しぶりですねえ。
石山元監督:今朝ね、犬の散歩をしていたうちのお袋がさ、俺と似たような体格をしている監督で、
わめき散らしている人がいたよって言ってたから誰かと思って見に来たよ。三上さん
なら、そりゃあわめき散らすわな。
三上監督:いやあ、そりゃあ参ったなあ。
三上監督は、前愛川中学校ソフト部監督として、大活躍された方で、今では津久井郡城山町立相模丘中学校のソフト部を盛り上げている「ソフト馬鹿監督」の一人です。三上先生が去った学校からはソフト部が姿を消し、三上先生が異動した先の学校ではソフト部が活気を帯びるという状況。もう、グラウンドで怒鳴りまくって熱心にソフト部の顧問をする人は希少価値になりました。
一生懸命に頑張っている選手達を怒鳴り飛ばす監督は、何も知らない観客からは批判されがちですが、それほど熱心だと言うことなのです。怒鳴るというのはものすごくエネルギーが必要なことですからね。常葉中の佐久間監督もわめき散らすことでは有名です。これからも、声の続く限り怒鳴りまくって欲しいですね。
今朝のことでした。龍馬は最近ではいつも朝の散歩を妻のお父さんにやってもらっています。老いた身には大変なことだと思いますが、いい運動になるからということで義父は快くその任務を遂行してくれているのです。義父はものすごく早起きで、いつも3時頃には起きて、ひととおり新聞に目を通すと、後は龍馬の散歩の時間が来るのを楽しみにしてくれているそうです。今は冬のまっただ中で明るくなるのが遅いので、散歩は6時に始めることになっています。夏場だったら5時30分です。
今朝も、いつも通り6時に義父が迎えに来てくれました。龍馬は散歩が好きなはずなのですが、なぜかハーネスをつけられるのが嫌で、散歩の準備をしようとしてもなかなか捕まりません。今朝は、妻が何とか龍馬を捕まえようとしたところ、彼はベッドの上に逃げてきました。私はまだ眠っていたので、龍馬がベッドの上に逃げてきて妻と格闘していることには気付いていましたが、そのまま寝ておりました。
すると次の瞬間です。ベッドの布団の上を逃げ回っていた龍馬は、何と私の大切なところを思い切り後ろ足で踏んづけたではありませんか。「いてーっ!」と叫び声を上げても時すでに遅し。龍馬には本当に参ります。その後妻に捕獲された龍馬は、すごすごと散歩に出かけていきました。散歩に出れば、なかなか家に帰りたがらず、外の空気を楽しむくせに、どうして散歩の前は大暴れするのでしょうね。
今度からは、私も一緒に起きて龍馬の捕獲に参加した方が良さそうです。また大事なところをキックされたのではたまりませんからね。
ある日のこと、妻の佳代子が指を切ってしまったと言うので、それじゃあ手当をしてあげるよと言って、私はさっそく消毒液で傷口を消毒して、リバテープを貼る前にそこにメンソレータムを塗ろうとしました。すると、佳代子はメンソレータムはしみるから嫌だと子供のように悲鳴を上げて、な、なんと!
私:「おい、ガキじゃないんだから騒ぐなよ」
佳代子:「だって、しみるからいやなんだもん」
私:「しみないからだいじょうぶだって」
佳代子:「しみる!オロナイン軟膏塗るからいいよ」
私:「うるさいなあ!部員の応急処置に慣れてるんだから任せろ!」
佳代子:「いやだってば!」
と叫んだかと思うと、いきなり私の腕に噛みついてきたのです。もうびっくりしました。まるで幼稚園の子供です。でも私は無理矢理メンソレータムをぬって、リバテープを貼りました。佳代子はその後も「やっぱりしみる」と言ってだだをこねています。
しかし、よくよく考えてみれば、切り傷にはやはりオロナイン軟膏の方が良かったかも。私の勘違いだったかも知れません。それにしても噛みつくことはないよねえ。もう、びっくりしたなあ。
龍馬も2歳を迎えて、本当に賢くなりました。昔、まだ小さい頃は自分の気持ちを私たちに上手に伝えることを知らなかった頃は、イライラしてアタをしたりしたものですが、最近では器用に自己主張するようになりました。
父の仮通夜のときのこと。親類一同が集まって寿司を囲んで夕食をとっていました。実は刺身は龍馬の大好物なのです。私がネタだけとって、わさびをなめてから龍馬にあげると、龍馬はもう大喜びで食べてしまいました。これがそもそもの間違い。龍馬は我が家ではドッグフード以外の人間の食べ物はあげてはいけないルールになっているのですが、私が1枚トロをあげたために、龍馬は自分のケージの前に座っている人の肩を後ろから叩いて、「ねえねえ、もっとちょうだい」を始めたのです。
「龍馬、あげたのがばれちゃうからダメだよ」と言いたくても、一度刺身のおいしさを知ってしまえば、そういう私の心の叫びも龍馬には届きません。結局、龍馬は3枚のトロを射止めたのでした。私はと言えば、龍馬にネタをあげてしまった後のしゃりだけを食べている有様。愛犬がネタを食べて、飼い主がしゃりを食べるというこの奇妙な光景に、周囲の親類も大笑いでした。
それでも、いつもは家の中で放し飼いの龍馬なのに、父の仮通夜で本当に久しぶりにケージに閉じこめられた訳ですが、龍馬は自分の立場をよく理解しているらし、じっと静かにしておりました。本当に偉い子で、このおもしろおかしなお話のコーナーに載せるのが、申し訳ないくらいです。
それは昔々のお話です。私がまだ鶴が台中学校に勤めていた頃ですから、今から15年ほども前のことになるでしょうか。その当時私は2年生の担当をしていて、ちょうど夏休みのキャンプの企画担当も引き受けていました。そのときのキャンプは私営のキャンプ場を使ったので、丹沢山系の姫次という山への登山がメニューに入っておりました。当然、企画担当は登山の下見にも行かなければなりません。これがきついのなんのって、大変でした。
下見の日、頂上にたどり着くと、ちょうど用を足したくなったのです。山小屋のようなところがありましたが、そこのトイレは汚くてとても使う気がしませんでした。私は仕方なく外に出て、人影がまったくないことを確かめると、茂みに座って用を足したのです。と、ところが、ティッシュがないではありませんか。ポケットをまさぐっても紙の代わりになる物は何一つありません。
すると私は、周囲にたくさんの大きな葉っぱが生い茂っていることに気づきました。昔の人は葉っぱをティッシュ代わりに使ったというではありませんか。私は葉っぱでお尻を拭いてみました。ところがあまり拭き心地はよくありません。そのうち、もたもたしていると誰か登山者にでも出くわしそうだったので、急いで後始末をしてとりあえずピンんちを脱したのでした。
大昔の原始人の気持ちを味わうことができた幸せな経験だったと言えなくもありませんが。姫次にはその後2回も下見登山をすることになり、それ以来二度と登山担当はしたくなくなりましたね。今ではキャンプも2泊3日から1泊2日に縮小され、名称も「宿泊研修」に変わり、県立のキャンプ場のロッジを使います。あまり原始的なのもどうかとは思いますが、何だかとても寂しい行事になってしまった気がします。
最近の龍馬は玄関に置いてある靴やサンダル、それに棚の上に置いてある封筒など、ありとあらゆるものをこっそりくわえては家族の者たちから怒られています。ときどき、私の仕事用のかばんの外側に着いているポケットから英字新聞や京都の地図などをこっそりと引っ張り出してかじっていたりするものですから、いつも妻の佳代子に言われているのです。
「龍馬君はヤギさんじゃないんだから、そんなもの食べないの!」
もちろん龍馬にそんなお説教が通じるはずはありません。それにしても、どうしてこんなに紙が好きなんでしょう。紙自体ではなく、そこからにおう印刷インクの匂いに惹かれるのでしょうか。
きのうは、私が夕方仕事に出かけるとき、龍馬は佳代子の靴を枕にして眠っておりました。私が出かけることを知っている龍馬は寂しくて佳代子の匂いがするものをそばに置いておきたかったのかも知れません。「犬は忠実な動物だ」とは昔からよく言われることですが、本当に家族の者を頼り切っていますし、家族の誰がいなくても心配するのです。でも、それと「ヤギさんになること」とは別問題。
龍馬は小さいときから胃腸があまり強くなかったので、また妙なものを食べてしまうと、動物病院に直行です。彼の医療費は家族で一番かかっているのですから、これ以上家計を圧迫してくれないように祈るばかりです。
と、布団の上に横たわっている龍馬の方を見ると、「今度は何を失敬しようかな」と作戦を練っているような目つき。ああ、懲りない犬だこと!「こら、龍馬君!ヤギさんじゃないんだからね!」
私が茅ヶ崎市立萩園中学校のソフト部顧問、今年の夏に関東大会で常葉中を率いて優勝した佐久間先生が追浜中学のソフト部顧問の時のことです。私が前任校の茅ヶ崎市立鶴が台中学校の顧問をしていた頃からしょっちゅう練習試合をしていた二人は、逗子の沼間中学校で練習試合をしたときに、昼ご飯を食べに山の下の中華料理屋に入ったときの話でした。
佐久間:石山先生、県内のクレイジー顧問ベスト5は誰だと思いますか?
石山:そうだなあ、やっぱりまずは横須賀のH先生じゃないの?すごいときには、叱られた生徒たちがH
先生の後をひよこのようについて回っていたそうだよ。
佐久間:横浜岡村中学のY先生も絶対に入りますよね。
石山:確実だね。それから西浜中のF先生と、有馬中のG先生も入るんじゃないの。僕ら英語科の教師と
違って国語科は口が悪いからなあ。
佐久間:横浜の浜中のT先生も入りますかね。
石山:そうそう、T先生を忘れちゃいけないよな。
佐久間:松林中のA先生はそんなに怒鳴りませんね。
石山:今はそうだけど、昔北陽中学時代は生徒にボールぶつけてたよ。
と、二人で勝手に県内クレイジー顧問ベスト5の候補をあげて、楽しくお昼を済ませた後に、午後の試合が始まりまして、二人ともベンチでがんがん怒鳴っておりました。ベスト5にはまず真っ先に佐久間・石山の二人の名前が入らなければならないことを二人はどうやら忘れていたようです。
犬というのはもともとは夜行性の動物ですから、夜に熟睡することはありません。夜熟睡してしまったら、いつ敵の攻撃を受けるかわからないからです。そこで、うちの愛犬龍馬君も突然夜中に食事を始めたり、朝方ソファーの上から母の布団の上にダイビングして母の息を詰まらせたり、まあ大変です。
ところが、あたりが明るくなって私たちが活動する昼間になると、安心してお休みモードに入るのです。この写真を見てやってくだ
さい。こんな格好で腹を完全に上にして、ケージの網に足をかけて体のバランスを維持しながら、いたって無防備な姿勢で眠ってしまうのです。この格好を見たら、初めて犬を見る人はきっとびっくり仰天してしまうことでしょう。龍馬は朝の散歩が終えて朝食を軽く済ませると、すぐに昼過ぎまでこうやって熟睡してしまうのです。
そして、午後になると今度は一緒に遊んでくれとせがんできます。こちらがどんなに眠くて昼寝をしたくても遊べとうるさいのです。あまり無視されていると、とんでもないおかしなポーズをとって、ワンと一声吠えます。それは「ほら、僕の存在を忘れてもらっちゃこまるよ」という意味なのです。
夕方になると散歩の時間が迫ります。すると龍馬は私たちの動きに敏感になるのです。それはハーネスが嫌いで散歩に素直に行きたがらないからです。散歩に行くのをいやがる犬というのも面白いでしょう?
2階で洗濯物をたたんでいる妻の佳代子の声を聞いて、くんくん泣いている龍馬がかわいそうだったので、私は禁を犯して龍馬を2階に連れて行ってやりました。すると龍馬は大喜びで佳代子のいる父の部屋に入り込んで行ったはいいのですが、気持ちいいベランダに出してやろうと思って龍馬を誘ったら、何が怖かったのか龍馬は後じさりを始め、私が近づいていくと龍馬は部屋から逃げ出してしまったのです。逃げ出すとはいっても、2階ですから龍馬に逃げ場はありません。私たち夫婦の寝室のドアが開いていたので、当然龍馬はその中に逃げ込むのかと思ったら、龍馬は突然階段を見下ろして、他の家と比べたら遙かに急な勾配の階段を一段一段ゆっくりと降り始めたのです。昇るよりも降りるほうが恐ろしいのが階段のはずなのですが、よほど必死だったのでしょう。龍馬はすたこら下まで降りてしまいました。龍馬の後をそっと追いかけていった私に、「あまり後ろから脅かさないでやってね」龍馬が階段から転げ落ちることを心配した佳代子が私に声をかけました。でも妻の心配をよそに、龍馬は無事1階に到着して、すたこらさっさと自分の居場所に逃げ帰ってしまいました。もしかしたら、降りることができた階段ですから、これからは必死になれば自分で2階に上がってしまう可能性もあるかも知れません。私はとんでもない失敗をしてしまったのでしょうか。それにしても、動物というのは追いつめられると何でもやるのですね。勇気ある龍馬に拍手を送ってやりたい気持ちになりました。
私は大変な慌て者なので、よくあるんです、こういう話が。実は、ゴールデンウィークに入って、ECC外語学院も国際外語センターも休校の日が何日かあることになっていました。でも、確か私の記憶では5月2日の月曜日はECC藤沢校のEMの英会話レッスンがあったはずなので、夜の8時から始まるその授業のために、まずはシャワーを浴びて着替えを済ませ、テキストを開いて授業の進行の確認をしようとしていました。そして、ふと年間予定表があったので眺めてみると、何と5月2日のEMレッスンは休校になっているではありませんか。すっかり背広を着込んだ私が叫び声を上げたのを耳にして、母が「どうしたの?」とびっくりしたように訊いてきました。そこで私は「あのさ、今日ね、授業なかったわ」と正直に言いましたら、「だからちゃんと予定表を確認しなさいって言ったでしょう」なんて言われてしまいました。実はこのクラス、先週も6時30分からだと勘違いして、ものすごく早くスクールに行ってしまって、手持ちぶさたなので近くの吉野家の牛丼屋で、大好物の豚丼大盛り&みそ汁を食べたので四tqあ。どうして私はこうも慌て者なのでしょうか。
そういえば、教員時代にも開校記念日だということを忘れていて、思わず学校に出ようとしてしまっtことがあったような気がします。授業が入っていないのに、教室に行ってしまって、生徒が誰もいなくてびっくりしたことも何度もありました。まあ、その逆よりはいいわけですが、もう少し落ち着かないとね。国際外語センターでも、ママさんたちの入門英会話の授業が3時から入っているのですが、先々週は何と10時30分に行ってしまって、社会保険庁の職員を大あわてさせた前科もあったのです。もうボケるには早すぎますよね。
「何だよ、夫婦ののろけはいらないよ」なんて言わないで下さいね。これは妻の台詞ではなくて愛犬龍馬君の目で訴えた台詞なのです。ある朝のこと、いつも通り二階の寝室から降りてきて龍馬に「いいこいいこ」をして挨拶をしていました。そして、まずは深夜のうちにパソコンが受信しているメールの処理をしようとコンピューターのスイッチを入れてふと振り返ったときです。そこには腹を見せて、手を挙げてこちらをうるうるした瞳でじっと見つめる龍馬の視線があったのです。つまり、彼のそのポーズは明らかにこう語っていました。「パパ、ほらぽんぽんをいつもみたいになでなでしてよ。早く、早く!パソコンなんかいつだってできるでしょ」という感じでしょうか。私は思わずにこっとして龍馬の腹をしばらくさすってやりました。そのときの龍馬の満足そうな顔と言ったら何と言葉で表現していいのやら。もし、あのまま私が振り返らずに気がつかないでいたら、恐らく龍馬は短く「ウォン!」と吠えたに違いありません。いつもそうなのです。自分の方を向いて欲しいときになかなか向いてくれないと、「ウォン」と短く吠えて存在をアピールするのです。龍馬はなかなかの策士です。
それは私が茅ヶ崎市立松林中学校3年9組角田級で教育実習をしたときのことです。今からかれこれ24年ほど前になりますね。角田級というのは、有名な角田 明先生のクラスです。英語の教師としても野球部の顧問としても非常に有名だった角田先生は、本当に素晴らしい方でした。クラスの子供達もしっかりまとまっていて、担任の角田先生を親父のように慕っておりました。
2週間の教育実習が終わるとき、数学の高井先生が授業を学活に振り替えてくれて、3年9組のみんなとお別れバスケットボール大会が開かれました。私はいいところを見せようとジャンプシュートして着地した瞬間に足の甲をぎくっとやってしまい、いわゆる「下駄骨折」をしてしまいました。即病院です。本当は、最後にお別れ会まで用意してくれていたのに、私の病院行きですっかり計画が台無しになってしまいました。病院から帰ってきて松葉杖をついた私を、ツッパリの高橋九郎君が背負って校内を歩いてくれたのです。九郎君は剣道部で、私と稽古もしてくれました。「先生にはずされた胴の打ち身の紫色が消えるまで、先生のことは忘れないよ」とかっこいい言葉をかけてくれた九郎君は、非常に男っ気のある好青年でした。
最後のお別れの朝礼では、松葉杖をかたかた突きながら朝礼台の上に乗った私です。しかし、その怪我のおかげで、私のことは子供達の印象に強く残ったようでした。もちろん、埼玉の下宿に帰った私が非常に不自由な5週間を送ったのは紛れもない事実です。
私は、ソフトボール部の顧問としては、神奈川県でも凶悪顧問ベスト10には常に名前が出ていたことでしょう。それくらい、ノックバットを持ってグラウンドに立った私は、恐怖の存在だったようです。実際には部員たちがかわいくてかわいくて仕方なかったのですが、とにかく声はでかいし、怒るときは半端ではなかったので、部員たちもできれば私から1メートル以内には近寄りたくないという感じだったのではないでしょうか。
ある夏休みのことです。文字通り朝から晩までの練習をしていた私のチームは、その年は午後の2時間ほどをプールで水遊びをして過ごしていいことにしたのでした。暑さで参ってしまってもいけませんし、水泳が疲れた筋肉をほぐしてくれるという期待もあったからです。それに、午前中の練習だけで汗だくになってしまうので、昼食後にシャワーを浴びてプールで一泳ぎするのは、部員たちにとっては最高の楽しみのようでした。
私は、ふざけ半分に部員たちを投げ飛ばしたりして遊んでいたのですが、そのうち彼女たちの逆襲が始まったのです。私は何も言っていないのにいつの間にか「無礼講」のような状態になっていて、特に私から一番叱られる回数が多かったF子は、浮き輪に乗ってぷかぷか浮いている私に向かってホースで水をかけてくる有様でした。そのとき、私は痛感したものです。普段の練習でよほどストレスがたまっていたのだなあと。私がリフレッシュのために用意した水泳の時間は、部員たちが顧問に逆襲してストレス発散をする最高の時間となりました。
英語というのは簡単なようでいて結構難しいもので、日本人の発想と英米人の発想とが違っている場合には、日本語をそのまま英語に直しても絶対に通じません。例えば、日本語の「朝飯前」という言葉は、「朝飯を食べなくてもできるくらい簡単」という意味ですが、あるとき学校に来ていた外国人講師に試してみたのです。"It's before breakfast."で何ていう意味かわかる?ってね。そうしたらちっともわからないと言われてしまいました。英語では、"It's a piece of cake."(そんなのケーキ一個食べるくらい簡単さ)となるそうです。もちろん"It's quite easy."と言えばそれで済むわけですが、それでは何となくつまらないではありませんか。
「空耳」は"sky ear"ではなくて"mishearing"(聞き間違え)ですから、これもあまりおもしろくはありませんよね。逆に、"It's raining cats and dogs."は日本人には何のことかわからない。これは「犬や猫が大騒ぎするほどの土砂降りだ」という意味だそうで、ちょっとピンと来ませんよね。土砂降りで犬や猫が大騒ぎしているのを聞いたことってありますか?
これは文字にしたら怒られてしまいそうですが(実際、学校の中学1年生の試験に授業で話したことだったので選択肢の中に入れておいたら、海外在住経験のある保護者からきついお叱りを受けてしまいました)、悔しいときの「クソっ」は英語でも"Shit!"で同じというのは面白いですよね。どうして日本語と英語で発想が同じになってしまったのか知りたいです。
冗談を言ったら、アメリカ人に"Hey, give me a break."と言われて、休憩が欲しいほど疲れているのかなと思ったら大間違い。この場合は「冗談はやめてくれよ」(=No kidding.)という意味になります。まあ、お互いに恥をかきながら日本語や英語を覚えていくというのもなかなかおつなものかも知れませんがね。
もう15年以上前の話になります。江ノ島の近くの海岸道理沿いにあるファミリーレストランに、卒業生たちと行ったときの話です。時は真夏でした。確か私たちはフローズンヨーグルトを注文していたのです。なかなか来ないのでぶつぶつ言い出した頃に、青い顔をして新人らしいウェイターがやってきて言いました。「あの、ヨーグルトはまだ冷えていないので…」「それでもいいから、持ってきてくれませんか」「あのですね、それがもうぐちゃぐちゃでとてもお出しできるような状態ではございませんもので」私たちはみんなで顔を見合わせて、思わず吹き出しそうになってしまいました。
とても真面目な青年だったのでしょうね。それにしても、自分の店の食べ物なのですから、「とてもお出しできるような状態では…」という言い方はまずいですよね。接客業はとても難しいとは思うのですが、こういうときは「嘘も方便」で、「申し訳ございませんが、ちょうど今材料を切らしてしまいまして、他のメニューに替えていただけませんでしょうか」とか適当にごまかせばいいのですよね。
別に彼のせいではないのですが、江ノ島近くのレストラン街も、すっかりメニューが変わってしまいました。もう以前のファミレスはありません。ものすごくおいしかった「城門ラーメン」もなくなって久しいですね。私たち夫婦は、ときどき「カプリチョーザ」というイタリアンレストランを利用します。確かそこにはフローズンヨーグルトはなかったように思いますが。
うちの愛犬龍馬君は、本当に理解不能な行動に出るのです。「散歩に行くよ」と声をかけると、ハーネスをされるのが嫌なものですから、もう部屋中を逃げ回ります。散歩には行きたいけど、ハーネスや首輪はごめんだということなのでしょうね。実際、部屋の中でハーネスや首輪をすると、途端にフリーズしてしまいます。ぴくりとも動かない。なぜなのでしょうか。それでも、一旦屋外に出ると、もう大喜びで飛び回るのですよ。散歩は大好きですから、一日に多いときだと4回も散歩に出かけます。ドライブに行くときは必ず車に同乗していますから、もう完全なアウトドア派ですね。いつか50メートルくらいあるロープを用意して、海辺で思いっきり走らせてあげようと思っています。よく完全に離して遊ばせている犬がいますが、龍馬はそんなことをしたら、もう果てしない旅に出てしまうでしょう。
もう一つ不思議なのは、えさなんです。自分が気に入っているえさでも、龍馬専用の豪華なお皿に盛ってあげると、突然バックして(私たちそれを「テールランプがついてる」と表現していますが)逃げるのです。食べ物から逃げる犬なんて聞いたことありますか。もうお腹がいっぱいなのかなと思ってそのままにしておくと、いつの間にか食べ始めていたりするんです。彼は、どんなことでも人から強制されるのがいやなんでしょうか。だとしたら、本当に名前の通り坂本龍馬の魂が完全に乗り移ってしまっているのかも知れませんね。
これは今だから笑えることですが、一年に一度の職員健康診断のときのことです。まあ、正確には簡易人間ドックのときなんですが、例によって皆さんもいやがるバリウム検査がありました。私の場合は胃カメラは苦手で、どちらかと言うとバリウム検査は得意なのです。
ところが、その日順調に進んでいたバリウム検査が、途中でなにやらトラブル発生の様子。マイクでこんな声が聞こえてきました。「あのう、すいませんが、機械の調子がどうもおかしいので、向こうの部屋のもう一台の方に移動してもらえませんか?」
私は、「はい、いいですよ」と気軽に応じたものの、ごくごく素朴な質問をしてみました。「あのですね、まさかもう一度最初から飲み直すっていうことになりますか?」「申し訳ないですね、そうしていただけますか」ガーン!いやだとも言えずに、私は大好きなバリウムをもう一度飲めることになったのでした。大好きなのですから、ラッキーと言わなければ。でも、今度は味付のバリウムの方がいいなあ。以前はよくあったのですが、最近ではあまり使わなくなったそうです。でもあることはあるらしいので、機械の調子が悪くなったときのために、レストランのようにメニューを置いてくれると助かりますね。
私は神奈川県中学校体育連盟(中体連)ソフトボール専門部の役員や、湘南ブロック専門部長をしていた関係で、ソフトボール三種審判員と記録員の資格を取りました。何回やっても公式戦の審判は緊張するものです。そして、私の事件はある県大会の大切な試合で起きてしまいました。
私はその試合ではサードの塁審をしていたのです。すると二塁ランナーが果敢にサードへの盗塁を試みました。本来ならば、塁審は三塁手が走者にタッチするのがよく見える場所にとっさに移動して判定を下さなければならないのですが、私はあまりに突然な盗塁に三塁手の背中からタッチの様子を見ていたのです。タイミングは完全にアウトだったので、私は自信を持って大きな声で「アウト!」と宣告しました。セーフの宣告は素早く、そしてアウトの宣告は落ち着いてというのが原則なのですが、私は自信を持って即座にアウトの宣告をしたのです。それで全て問題なしのように見えました。
ところが、次の瞬間主審が私の方につかつかと歩み寄ってきて、私の耳元で小声でささやきました。「ほらほらそっちちょっと見て」私は指さされた方向を見て唖然としてしまいました。何と、三塁手のグラブの中になければならないはずのボールが転がっているのです。それは三塁手のエラーでした。主審は更に言いました。「ほら、早く判定を訂正してあげなくちゃ」私は顔から火が出る思いでした。
たまたま両方のチームの監督は私がよく知っている顧問だったので、「ごめんね」で済みましたが、これがもっときわどい試合で監督も知人ではなかったら、私は大変な抗議を受けていたに違いありません。それ以来、私は「審判お願いね」と言われるとドキッとするようになりました。
うちの愛犬龍馬君は、さすがに立派な名前をもらっているだけあって、大変な「策士」です。例えば、私たちの注意が龍馬以外のところに集中していると、わざとくわえたガムをソファーの下に投げ込んで、ソファーをひっかきます。「ソファーの下にガムが入っちゃったから取ってよ」という合図なのです。しかし、最近よくわかってきたのですが、それは彼が自分の方にみんなの目を向ける巧妙な作戦らしいのです。
こんなこともやりますよ。例えばくわえて遊んでいたガムやボールを、私たちの目の前でわざと床に落とします。そしてその場に立ち止まってこちらをじっと見ているのです。私たちが、そのガムやボールを取ろうとして近づいた瞬間、目にもとまらぬスピードで龍馬はそのガムやボールをくわえて逃げてしまいます。そして少し離れた場所で、また同じ事を繰り返すのです。要するに、私たちをからかって遊んでいるわけです。まったく日に日に悪賢くなる龍馬。まあ、そんなところも彼の魅力なんですけどね。
ときどき、玄関にある革靴をくわえてちゃっかり居間に腰を下ろしていることがあります。そういう龍馬と目が合うと、もう思わず吹き出してしまいます。まるで漫画の世界ですからね。
我が家の愛犬龍馬君は、ドライブが大好きです。というより、もっと正確に言えば、家族がどこかへ出かけるときにおいて行かれるのが嫌なものだから、いつもせがんで車に乗せてもらっているうちにドライブが大好きになってしまったというわけです。ですから、車の後ろの座席は今や龍馬専用で、毛だらけ。後ろのウィンドーはいつも上の方を10センチくらい開けておきます。龍馬はその隙間から顔を出して、外の景色を見たり匂いをかいだりするのが大好きなのです。でも、ときどきは窓越しに外を眺めているときもありますから、ウィンドーの内側は龍馬の濡れた鼻の跡があちこちについています。
先日、ガソリンスタンドに給油に行ったときの話です。そこは以前よりもサービスが細かくなって、とにかく車をぴかぴかにしてくれるのです。そのときは二人がかりで車の窓を拭いてくれていたのですが、後ろの座席の窓を拭いてくれていた人が、なかなか汚れが落ちないのでムキになって磨き続けておりました。妻が私に言いました。「ねえねえ、あれ龍馬が汚した跡だよね。内側の汚れなのに、外側の汚れだと勘違いしてるみたいよ」私は、申し訳ないなあと思いながら、言うタイミングを逸してしまい、とうとうその人はあきらめてしまいました。今度龍馬の「鼻跡」を消しておかなければ。
高校時代のことです。私は高校入学してから少したって剣道部に入りました。みんなより遅れて入った上に全くの初心者だったので、同じ頃に入った同級生の女の子といつも二人で素振りの練習です。彼女は抜けるような美人だったので、私はずっとその練習でも良かったんですけどね。
真面目に(?)素振りの練習をしていた成果を試すときがいよいよやってきました。先輩が稽古台になってくれて、打ち込みの練習です。そのときは「胴」の練習でした。私はねらいを定めて思いっきり「胴!」と竹刀を振り下ろしたのです。すると次の瞬間先輩が唸っているではありませんか。そうです、私の竹刀は先輩の急所を直撃してしまったのでした。あちゃーっ!後悔先に立たず。それ以来、私は滅多に胴を打たなくなりました。
残念なことに、根性のない私は、進学校の授業について行けず、夏休みで剣道部は辞めてしまいました。その頃の素振りの経験が役立って、教師になってから剣道部の顧問になったときは、生徒たちと一緒に練習しているうちに初段と二段の中間ぐらいの腕前にはなりましたけれどね。もちろん、顧問になってからも、生徒に胴の打ち込みだけは控えていましたよ。顧問がはずしたらやばいですからね。
私が茅ヶ崎市立西浜中学校で創立50周年記念誌の編集長をやっていたときのことです。最初に印刷製本を引き受けた会社の営業マンは、「どんなデータでも簡単に冊子にできますから」と大きなことを言っておいて、私がほとんど90%の作業を終了した時点で再度打ち合わせをしましたら、私が使った編集ソフトはその会社のマックコンピューターでは上手に読み取れないと言い出したのです。そのとき、あれこれ話していてその営業マンはコンピューターに関しては全くの土素人だということが判明しました。最初は50万円の予算内で責任を持ってやると言っていたのに、実際にデーターを扱う技師と話をしましたら、これだけのデータになると150万円以内でやることは不可能だということになったのです。私はもう目が点になってしまいました。
そこで、私はその会社を紹介してくれた航空写真会社の責任者に相談しましたところ、自分が紹介した会社がそんないい加減なことをして申し訳なかったと言って、すぐにその会社を組織から除外してしまいました。その上で、自分の参加にいるもう一つの印刷会社に予算の50万円できっちり仕事をさせるからと約束してくれたのです。できあがった記念誌は本当に美しいものでした。記念誌に関しては会社側が完全に赤字を背負ってくれたのです。それでも、今後の付き合いを考えれば別に問題はないから心配しなくていいと担当の彼が言ってくれました。金が全ての世の中で、こんな律儀な会社もあるのだなあと、同じように無情な教育界にいた私は、涙が出るほど感激したのです。「捨てる神あれば拾う神あり」ですね。
私は茅ヶ崎市立鶴が台中学校在職中に離婚を経験しています。5年半寄り添った妻は音楽の教師でしたが、家庭を顧みず部活動に夢中になっている私との結婚生活に意味を見いだせなくなってしまったようでした。女性は一度決心するとてこでも動きませんからね。私たちは、喧嘩別れという形ではなく、お互いにもう一度やり直そうという形で離婚を決意しました。
しかし、一般に言われるとおり、離婚の痛手は男の方が大きいのです。私は教員を辞めようかとも思いましたが、決心がつかないまま時間だけが流れ、何とか仕事を続けることができました。生徒たちには離婚のことは黙っていたのですが、ソフトボール部員の一人がどこからか情報をキャッチしたらしく、部員たちみんなで話し合って私を守ろうということになったようでした。ですから、みんな知らんぷりをしているのです。
ところがある日、英語の授業の時にある男の子が、冗談で「先生、そんなことやってたら、奥さんに逃げられちゃうよ」と言ったのです。私はどう反応していいかわからずただ笑みを浮かべていましたが、そのクラスのソフト部員たちがさっと目配せをして話題をそらそうとしてくれました。
普段は鬼顧問で、彼女たちには厳しい練習しか課していなかったのに、私は娘たちの優しさが本当に心にしみました。彼女たちの存在がなかったら、今の私は確実に存在しないでしょう。もう、立派な女性に成長しているはずのみんな、あのときは本当にどうもありがとう!みんなの幸せを祈ってます。
教員になって2年目のことだったでしょうか。先輩の教え子の若い女の子二人を含めたグループでスキーに行ったのです。私はその二人のうちの一人に夢中になってしまいました。そして、バレンタインデーの日、私の机の上にはテニスラケットとボールをかたどったチョコに手紙が添えられて置いてありました。何と、その彼女からだったのです。私はもう天にも昇る気持ちでした。
その当時は、学校が引けると若い連中で一緒にファミレスで食事をして帰っていたのですが、その日もみんなで近くのファミレスに行ったのです。すると、同僚の一人が、「石山さんさあ、チョコレートのお礼を電話で言った方がいいんじゃないの?」とそそのかすので、私はその気になって彼女に電話をしました。「あの、チョコレートどうもありがとう」「えっ?チョコレートって何のことですか?」「僕の机の上に手紙と一緒に置いてあったやつ、君がくれたんでしょう?」「私何もしてませんよ」そうです、職員室の連中の罠だったのです。
学校の教師がこんな悪さをしていいのでしょうか。おかげで私は大恥をかいてしまいました。全く平和な時代だったのですね。その子とは二度と会うことはありませんでした。
小さい頃から本当に意気地無しだった私なのに、大学で下宿したのを境に、性格は極端に積極的に変貌していきます。そして、これと思うと後先を考えずにすぐに実行に移してしまうのです。教員になった当時は、校内合唱コンクールの課題曲がスメタナ作曲の「モルダウ」という曲でした。私はどうしてもモルダウ川の情報が、できれば映像が欲しくて、東京のチェコスロバキア大使館に直接行ってしまいました。向こうの職員はびっくりして、残念ながら目当てのビデオなどはなかったのですが、手にはいる限りのパンフレットをくれました。
英語の教師で英会話は達者だったので何も考えずにしたことなのでしょうが、外国の大使館にアポも取らずに行ってしまうというのは、ちょっと極端すぎますよね。外交関係にひびが入らなくて良かったです。でもそのおかげで、私は今でも「モルダウ(の流れ)」が大好きです。
おばあちゃん子で甘えん坊だった私は、一人でどこかへ出かけるということがまずできませんでした。そして幼稚園の頃、近くまで母が送ってくれてバイバイをするのですが、母が家に戻ってからしばらくすると、庭に私が立っているというのです。幼稚園が嫌いだったという記憶は全くないのですが、これは登園拒否のはしりですね。そんな意気地のない私を、厳しかった父は雨が降る庭に放り出したそうです。あるときなどは、私が庭石に頭をぶつけそうになって、祖母が父を怒鳴り飛ばしたとか。でも、全ての原因は甘えん坊で一人で幼稚園にたどり着けなかった私にあったことは間違いありません。
中学生になってからも、一人でデパートに買い物に行くなどということはほとんどありませんでした。弟は非常に社交的だったのですが、私はからっきし意気地がなくて。長男は特に大胆に育てなければ、私のような意気地のない男の子になってしまいますよ。
夕方の散歩をして、もうすぐ家に着くかという頃のこと。たまたま道路を横切った猫が気になったのか、龍馬はしきりに後ろを振り返りながら歩いておりました。すると、ある家の煉瓦のブロック塀のところで、ゴツンという大きな音がしたのです。びっくりして龍馬の方を見ると、なんと龍馬が後ろを見ながら歩いていてブロック塀に気づかず、頭から激突したのでありました。「犬も歩けば棒にあたる」とは言いますが、本当に障害物にあたってしまう犬っているのでしょうか?龍馬は、実は以前にも棒に当たったことがあるのです。私たちと一緒に家の中で生活していて、犬本来の本能が徐々に失われていき、人間と同じように鈍くなってしまったのでしょうか。
「龍馬、大丈夫か?」と心配そうに龍馬の顔をのぞきこんだ私でしたが、龍馬は何事もなかったかのようにすっとぼけておりました。恥ずかしかったのでしょうか。
家に帰ってくると、龍馬はいつも通り大暴れ。やたらと暴れるので、やはりどこか怪我でもしたのかと思い、じっくりと鼻の頭などを観察してみたのですが、どうやら異常はないようです。まったく、天然呆け犬ですよね。その晩の私と龍馬との会話です。龍馬の台詞は私が通訳しました。
私:「龍馬、今日はごっつんしちゃったね。本当に大丈夫なの?」
龍馬:「えっ?何のことパパ?」
私:「ブロック塀に激突したの誰?」
龍馬:「えっ?僕何のことかわからない」
まあ、そんな感じですかね。犬のプライドが許さなかったのでしょうか。
普段はこういう悪さはしないんですけどね、たまたまECCでの授業が終わってビルから外に出てきたところを、キャッチのおじさんに捕まりそうになったんで、授業が終わった後でまだ英語モードから抜けきっていなかった私は思わずおじさんに言ったのです。
私:"Sorry, but I don't need it."
おじさん:「あっ、ごめんごめん」
私:"Excuse me."
おじさん:「はい、どうも」
てなわけで、おじさんは私がアジア系の外国人だとすっかり思いこんで、売り込みを簡単に断念してくれました。最近藤沢駅の近くでは、「お兄さん、マッサージどうですか?」と言って話しかけてくる中国系の女性が目立ちます。多分彼女たちにはこの作戦は通用しないんじゃないでしょうかね。
学生時代には、東南アジア系の学生を装ってデパートで全部英語で通そうなどと悪い遊びを仲間うちで考えたことがありましたが、もちろん相手がちゃんとした日本人だったら、こういうのは良くありません。でも、相手が普通の人間じゃない場合には、"Excuse me, but I don't understand Japanese."って言ってさっとかわすのはいいアイデアかも知れませんよ。ただし、相手をちゃんと選ばないと、「何だ、こいつは日本人じゃねえのかよ。ちょっと痛い目に遭わせてやろうぜ」なんてことにならないとも限らないので注意してくださいね。
最近、龍馬の健康を考えて、みんながドッグフード以外の食べ物をあげなくなったものですから、龍馬は少し欲求不満気味です。私たちが食卓を囲んでいると、すぐにそばにやってきて、背伸びをして「僕にもちょうだい!」と必死にお願いするのですが、みんな「ノー。龍馬君は自分のご飯があるでしょう!」と冷たく突き放すものですから、龍馬は吠え声にもならない奇妙な声を出して「なんでだよーっ!」と抗議をします。
そしてある晩のことでした。みんなから断られてしまった龍馬は、母と妻の間の床の上にいじけて寝そべっていたのですが、そのうちに妻がものすごい悲鳴を上げたのです。「くっさーい!ねえ、龍馬君、もしかしてプーした?」もしかしてじゃなくて、そういうものすごい臭いのおならは確実に龍馬の仕業です。やがて臭いは母の方へ流れ、母も悲鳴を上げました。「うわーっ!鼻が曲がる!龍馬はスカンクだ!」
ところが、張本人の龍馬は妻と母が大騒ぎしている理由がまったくわからないようで、「ねえ、ねえ、みんな何をそんなに騒いでるの?」という不思議な顔で、私たちの顔を代わる代わる見ておりました。
なぜか私のところには臭ってこなかった龍馬のおなら。そんなに強烈な臭いだったのなら、私もちょっとかいでみたかったなあと、ほんの少しだけ思ったのでした。
バイクでJR東日本東海道線沿いを気持ちよく走っているときのことでした。道路の舗装のくぼみを通過してしまって、軽くジャンプした瞬間お尻がシートに食い込んだような感じがして急に沈んでしまいました。パンクしたかなあと焦ってバイクを道路脇に寄せて点検したところ、な、なんとシートがへこんでいるのです。
いったいどうなっているのだろうと不思議に思い、メットインのシートを空けてみると、シートの内側に補強のために打ち受けてある強化プラスチックが折れ曲がっているではありません。つまり、それは座席が私の体重に耐えかねて発生した現象でした。
知り合いのバイク店に見てもらったのですが、こんなことは滅多に起こらないとか。つまり、その、私の体重は道路で軽くジャンプしたときに増幅されて座席に思わぬ負荷をかけてしまったということです。エンジニアの話では、次にへこんだら強化プラスチックの部分を交換しなければならないそうです。
私の身長は163センチ弱。チビのくせに体重は80キロもあるのですから、ちょっとダイエットしなければなりませんね。これで現役のソフトボールプレーヤーだなどと言っても誰も信じてくれないかも。だいたい、この体重を支えながら走るから、セカンドからホームに生還しようと必死で走ると足がもつれてしまうのでしょう。
龍馬の散歩くらいではどうにかなるものではなさそうです。やはりジョギングでもしなければならないでしょうか。個人的には水泳でシェイプアップしたいのですが、以前も近所のフィットネスクラブに入会して、4ヶ月も会費を払いながら一度も施設を利用しなかったという恥ずかしい実績があります。でも、このままの体重で年齢を重ねると、いつかは心筋梗塞かあるいは脳の血管障害を起こすことは必至だと医者からも警告されています。そろそろ真剣に考えないといけないかなと、バイクのシートが私に語っているようでした。
ある日の昼休みに、国際外語センターの近くにある中華料理のチェーン店に行きました。注文してから品物が出てくるまでの時間が短いのが魅力です。味は5段階評価の3.5〜4くらいなので、値段の安さを考えるとまず合格です。確かその日は私の食事代は600円だったでしょうか。
店員:Aランチで400円になります。
私:はい、じゃあ1,000円からお願いします。
店員:それではおつり600円ですね。毎度ありがとうございます。
ふと私の手のひらの上に載せられたはずの500円玉と100円玉に目をやると、何と両方とも500円玉ではありませんか。そのままバイバイしても良かったのですが、何だか無銭飲食をしたようで気持ちが悪いので、私は正直に言いました。
私:あの、ちょっと多すぎるみたいよ。500円玉2枚だもの。
店員:あら、どうもすみません。ありがとうございます。
店員の若い女の子もびっくりしたでしょうね。普通ならそのままバイバイの人が多いでしょうから。でも、私は自分が正直者だと自慢しているのではありません。なぜなら、きっと機嫌があまり良くないときだったら、そのまま黙って店を出てきてしまったでしょうからね。
妻の佳代子がマネージャーになりきって愛犬の龍馬を地域に宣伝しまくるものですから、龍馬の知名度といったらそれはそれは大変なものです。でも相手に龍馬の名前を覚えてもらうということは、こちらも相手の愛犬の名前を覚えなければいけないということを意味します。
今日も新しい柴犬の母親と娘に会いましたが、もう名前は聞きませんでした。どうせ覚えられないからです。ところが妻は見事に50以上の名前を覚えているようです。レモンちゃん、モモちゃん、ハナちゃん、ハリー君、北斗君、ベルちゃん、ゴンちゃん、などなどもう誰が誰だか私にはわかりません。
私に確実に認識できる犬はほんの数匹だ。龍馬にやたらとライバル意識を持っている雄の柴犬のパール君。龍馬が小さな頃からじゃれて遊んでくれていたカハナちゃん。シベリアンハスキーの血が混じったラッキーちゃん、そしてやたらと人なつこい雌の柴犬のモモちゃんと黒い雑種のハナちゃん、仲良しのコーギーのレモンちゃんとアインちゃん。それと、ああ〜っ、もう誰が誰だかわからなくなってきた!
今度からデジカメで写真を撮って、パンフレットにして持ち歩くようにしなければならないかも知れません。それにしても人気者の龍馬。飼い主の私は作家をしていて三冊も出版しているというのに、ちっとも地域での知名度がありません。どうなってるんでしょうか。
その日はたまたま妻の佳代子が福島の兄弟のところに両親と一緒に出かけて留守でした。つまり家には母と私しかいないのです。そもそも佳代子が出発した夜中の3時に、龍馬はすでにキャンキャン泣いて母を寝かせなかったそうです。龍馬にとって佳代子はやはり母親のような存在なのでしょうね。
私は会話学校の仕事があったので、帰ってきたのは夜の8時過ぎでした。母は出かけていて龍馬一人が留守番をしていたのですが、もう大喜びして私に飛びつき、ついでに玄関のハイヒールをくわえて上がりかまちに飛び上がるといった興奮ぶりでした。ところが、私は夏の疲れがたまってじんましんが出てしまい、早く2階の部屋で床につきたかったので、いつもより1時間以上早い12時少し過ぎに、寂しそうな顔をしている龍馬を1階に残して上に上がってしまいました。2階の部屋のベッドに横たわっていると、下で龍馬が悲しそうな泣き声をキャンキャンあげているのが聞こえましたが、そういう寂しさにも慣れさせておかなければと思って放っておいたのです。
すると、しばらくして2階の私の部屋のドアをコツンと叩くような音がした気がしました。そしてコツコツと蹄のような足音も聞こえるような気がするのです。龍馬は2階が好きではないので、まさか上がってくるはずはありません。10分くらい様子を見たのですが、どうも気になったのでそうっと部屋のドアを開けてみました。すると、何とそこには龍馬がいるではありませんか。よほど寂しかったのでしょうね。恐怖と闘いながら何とか2階に上がって来てしまったようでした。私と目があった龍馬はすぐにこわごわと階段を下り始め、踊り場でこちらを振り返って私に「下に降りてきてよ」としきりに合図を送っているように思えました。私はあまりに愛おしかったので、仕方なく1階に降りていって龍馬と添い寝をしてやりました。1時間もする頃には龍馬はぐっすり眠り込んでしまったので、やっと安心してこっそりと2階の部屋に戻ったのです。
私は、どんな気持ちで龍馬が階段を上がってきたのかと思うと、本当にかわいそうな気持ちになってしまいました。甘やかしてはいけないのはわかっていますが、私にとっては可愛い息子と同じです。
龍馬は以上に靴とかサンダルが好きで、特に新しく訪れたお客さんの靴や、妻の佳代子の黄色いスリッパがお気に入りなのです。ところが、佳代子はスリッパを脱いでソファーに寝ころんで新聞を読んでいたりしていても、もう何度もやられているのでしっかり警戒していますから、最初は龍馬もスリッパには少しも興味がない振りをして一生懸命他のものにじゃれついて佳代子が油断をするのをしっかり待っているのです。私はその様子がおかしくていつもじっと見守っています。いつ龍馬が行動に出るか、それを予測するのが楽しいのです。
あるとき、佳代子に小声でわざと油断している振りをしてごらんとささやきました。佳代子は上手にスリッパから注意をそらせたように演技をしたものですから、龍馬はすっかりいい気になってこっそりと黄色いスリッパに近づいてそっとくわえて持ち去ったのでした。妻も私ももう腹を抱えて大笑いしてしまいました。龍馬は本当に賢くなったのです。自分が黄色いスリッパにはもう興味はないよという振りをすることなど、普通の犬に考えつく作戦なのでしょうか。それとも私たち家族と、家の中で常に生活を共にしているので、そのように人間の賢さが自然と乗り移ってしまったのでしょうか。いずれにしても、今でもちょっと油断をしていると何かをくわえている龍馬です。
最近の龍馬はだんだん楽しいパフォーマンスを開発するようになりました。この間などはもう抱腹絶倒の世界です。居間に敷いた布団の上でおもしろい格好をしていたので、デジカメで写真に収めたのです。すると次々にポーズを替えて、まるでボディービルダーが自分の筋肉隆々の体を誇示するような雰囲気になってきました。私は爆笑をこらえながら次々にシャッターを切っていたのですが、もう龍馬は絶好調に達してしまって、パフォーマンスを止めようとしません。どれだけ妙なポーズをとってくれたことか。私たち夫婦は本当に腹を抱えて大笑いしてしまいました。
龍馬は私が食事を始めるとすぐにそばに来てちょこんとお座りをします。そしてテレビのコマーシャルのクーちゃんさながらにうるうるした瞳で私のことを見つめるのです。まるで「マッチ売りの少女」か「フランダースの犬」の世界ですよね。龍馬の演技力は本当にすごいのです。でも、彼のそんな表情に慣れっこになってしまった私は、「ダメダメ」と言ってすまして食事を進めておりました。そしてふと気がつくと、私の又の間から龍馬の顔がにょきっと出て私を見上げているではありませんか。それこそ私は口の中の食べ物を吹き出しそうになってしまいました。もう漫画の世界です。龍馬のすることは全て漫画になるのです。
ときどき、自分が相手にしてもらえないと、例のマッチョのポーズを取りながらしきりに私たちにアピールをしようとします。そしてそのポーズに誰も注意を払ってくれないと、いきなり低い声で「ワン」と吠えるのです。小さい頃から決して無駄吠えをしたことのない龍馬なので、私たちは思わずびっくりして龍馬の方を振り返ってしまいます。するとそこにはマッチョのポーズをとった龍馬が銅像のように動かずにいるわけです。どこかテレビの番組にでも取材を依頼してみたいものです。「我が家のペットはマッチョ犬」なんというタイトルはどうでしょうね。
これも私が茅ヶ崎市立萩園中学校でソフトボール部の顧問をしていたときのことです。うちのチームの部員は現役時代は顧問のことを恐れていますから、決して無礼な発言など間違ってもしないのですが、ライバルチームの茅ヶ崎市立松林中学校(何度も関東大会に行っている名門校)にM選手という非常にひょうきんな女の子がおりまして、その子だけはとんでもない暴挙に出たのです。
ある日、試合の後でM選手が私のところに来て言いました。「先生、キャイーンの天野って知ってますか」「ああ何となくわかるけど、それがどうかしたの?」「先生、天野っちに似てるって言われませんか?」「言われたことないけど」「似てますよ。天野先生!」「…」
もちろんうちのチームの部員達はそれをはらはらして聞いておりました。私に向かって「天野先生!」だなんて言いたくても言えないからです。命は惜しいですからね。ところが、M選手はそれから私と会う度に「天野先生!」を連発しておりました。挙げ句の果ては、うちのチームで一番小柄だったA子に向かって「チビ!」と言う始末です。そのM選手も同じくらい小柄だったのに。うちのA子はいつもムキになって反撃しておりました。
後にも先にも、そのような大胆な行動に出た敵チームの選手は彼女だけでしたが、グラウンドに立つときりっと引き締まったいい選手なのです。楽しい子がいるものですね。
ちなみにそのことを妻に話しましたら、それ以後私の妻までが私のことを天野先生と呼ぶようになりました。
これはもう完全に"funny story"などではありません。私が教員時代にしてしまった致命的な失敗です。私は転勤早々受け持った3年生のクラスの生徒の家に電話をして、親と連絡を取ろうとしました。電話口に出たのはお姉さんだったので、「あの、すみませんが、お母さんいらっしゃいますでしょうか」「あのう、母はいないんですけど…」「お出かけですか?」「ですから母はいないんです」私ははっとして、すぐに環境調査票の家族構成欄を見直して愕然としてしまいました。彼の家は父子家庭だったのです。私はお姉さんに丁重におわびをして、電話を切りましたが、しばらくは顔から火が出る思いでした。
なぜ電話をする前に環境調査票をきちんと確かめなかったのか。電話に出たお姉さんは、きっと「教師のくせにそんなことも調べないで電話をするのか!」と怒鳴りたい気持ちだったに違いありません。私は自分の余りの愚かさにとことん落ち込みました。その当時は市内でも一番荒れている学校として有名だったその中学校で、私は最初の半年間を悪夢のような状態で過ごすことになるのですが、それは私自身が教師としてそれほど未熟だったという証拠なのです。
掲示板に投稿してくれたS郎君はそのときのクラスの男子生徒です。私にとっては決して忘れることのできない印象的なクラス、それが3年6組でした。私はそのクラスの担任を1年間続けることで、その中学校に10年間勤務することを決意したのでした。彼らは、私に自分の未熟さを嫌と言うほど思い知らせてくれたばかりか、私に本当の意味で学校を愛する気持ちを与えてくれました。
T君のお姉さん、きっともうお嫁に出ているとは思うのですが、あのときは本当に失礼して申し訳ありませんでした。私はあのときの会話を恐らく一生忘れないでしょう。
ある携帯電話会社が有名なお笑いタレントを使って宣伝した「シンプルが一番!携帯電話なんか話せればええやんか」というコマーシャル。私たち一家はずっとその宣伝に乗せられて、カメラ機能のない薄いデザインの携帯を2年間も使っていました。ところが、家電量販店の携帯電話売り場に遊びに行ってがっかり!何と、その会社の新製品にはカメラがついているではありませんか!あの宣伝は何だったの?私はもう唖然としてしまいました。
要するに他社との違いを強調したかったのでしょうが、それにしても方針に一貫性がないというか何というか。結局、私たち家族全員と妻の両親は、別の携帯電話会社の携帯に買い換えてしまいました。今度はばっちりカメラ機能がついています。別に何かの写真を撮るならデジカメを持ち歩いていればいいのですが、例えば不慮の事故に遭ったようなとき、とっさに証拠写真を撮っておくような場合には携帯のカメラ機能は重宝するわけです。それに、携帯電話の待ち受け画面も好きな写真をその場で撮って画像にすることができる。「写メール」の機能を使って、今こんなとこにいるんだよと、誰かに画像を送ることもできる。便利ですね。
ただ、それ以上の機能は私たちには必要ありません。例えば、携帯電話でテレビを見るとか、インターネットをするなどというお金の無駄遣いはしたくはないのです。テレビは家で見ればいいし、インターネットは家のコンピューターでやればいい。電車に乗っているときなどは、本を読めばいいわけですからね。
それにしても、あの宣伝。まだポスターだけは健在なようですが、さすがにテレビのCMとして流れることは激減しましたね。そりゃあそうでしょう。新製品にカメラ機能をつけたのですから、今度のメッセージは「やっぱりシンプルじゃだめじゃん!」にならないと。
それは私が一人で12時間の空の旅を経て決行したタヒチ旅行のときのことでした。タヒチは「南海の楽園」と呼ばれている南太平洋の非常に美しい島国です。ちょっと難があるとすれば、フランス語圏であるということでしょうね。私は外国語学部の学生時代に第2外国語として3年間もフランス語を勉強したにもかかわらず片言のフランス語しかしゃべれなかった上に、タヒチの女性たちのあまりの美しさと背の高さに圧倒されて、堂々と島巡りをする勇気を喪失してしまいました。
中学生の頃に見た「南太平洋」というミュージカル映画にあこがれて、ずっと旅することを夢見ていた楽園なのに、映画の舞台になったモーレア島にセスナで渡ったにもかかわらず、多くの観光客がアベックで浜辺の日光浴を楽しんでいる様子にすっかびびってしまい、私はホテルの部屋でテレビ映画を観てじっとしておりました。やっと勇気を出してレンタカーで島巡りはできたのですが、こういう場所の一人旅ほどつまらないものはないですね。「本当にきれいなところだね」とお互いに言い合う相手がいるからこそ感動が何倍にもなるのでしょう。
タヒチ島に戻ってからも、なかなかフレンチレストランに入る勇気がなくて、たまたま知り合ったホテルのフロントの現地の方に案内してもらって、港の屋台へと連れて行ってもらいました。食べたのは、油でぎとぎとの焼きそば。自分は何て度胸がないのだろうと情けなくなってしまいました。
お土産は現地のスーパーマーケットで済ませたのですが、今度行くときは妻を同伴して堂々と島巡りを楽しみたいと思います。そのときまでに、フランス語ももっと復習しておかないと。
そうそう、一つだけ勇気を出してやったことがあるんです。それは道ばたで小屋を出してバナナを売っていた若い美しい娘さんからバナナを買ったこと。心臓が破裂するかと思いました。それにしてもタヒチの女性はフランスの血も混じっているためか、スタイルも良く本当に目もくらむほどの美人が多いです。画家のゴーギャンが本国に帰りたくなかった理由もよくわかる気がしました。
これはつい昨日のお話です。ECCの基礎研修が全て終わったので、帰りの電車に余裕のある人間だけで打ち上げの軽い飲み会に行こうということになりました。結局男性3名と女性2名(二人とも主婦)で雰囲気のいいバーに行ったのです。女性の一人は京都出身の方で、京都弁が実にかわいらしい。そこで私は言いました。「京都弁でまくしたてられると、実に魅力的で、ついつい買いたくなっちゃうんだよね」私のその「爆弾発言?」と聞いて、二人の女性はびっくりしたように顔を見合わせました。私は事情がすぐに理解できたので、間髪入れずに弁解を。「そういう意味じゃないってば。買い物をしたくなっちゃうっていう意味だよ。女性を買うほどの元気はもうないよ」と言いました。もちろん、私は元気があっても女性をお金で買うようなアホな真似はしたことはありませんけどね。
でも、京都弁は本当に魅力的ですよね。まるで音楽を聴いているようです。それは外国人の耳にも同じように心地よく響くようで、昔ある外国人講師が言っておりました。「日本語はマシンガン・ラングイッジだけど京都弁は比較的英語に近いリズムを持ってるね」だそうです。そう言えば、私と同じように海外在住経験のない彼女の英語もとてもリズミカルで美しかったですよ。
学生時代大変お世話になったイギリス人女性のケーリー先生がイギリスに帰国するというので、私は先生と東京の喫茶店で待ち合わせをして、そこでお別れのプレゼントを渡すことにしました。私が選んだのは大きな日本茶の湯飲み茶碗です。すると、先生は「開けていいかしら」と言いながらにこにこして包装紙を破り始めました。私は別に大した意味もなく、"I
didn't think you were going to open it here."(ここで開けちゃうなんて思いませんでした)と言ってしまったのです。私はそれほど大したものじゃないから恥ずかしいというような日本人的な感覚で言ったのですが、先生は表情をさっと変えて、"Why
didn't you tell me that?"(どうして最初からそう言わなかったの?)と真剣に問い返してきました。これには私も参ってしまいました。もちろん、仲が良かった先生だったので、私の説明で私が本気でそう言ったのではないことはすぐに理解してくれましたけれどね。
日本人は、「粗茶」とか「粗品」などという謙遜表現を好んで使いますが、国際感覚ではそれは決して評価されません。大切なお客さんには「一番おいしいお茶」を出すべきですし、「いい品物」を記念品として提供すべきだからです。日本人は喩え中身がいいものであっても、わざと謙遜して「大したものではない」というような意味のない言い方をしてしまいますが、それは外国人には通用しないということを忘れないようにしたいものです。
あれは同じ学校の同僚4人でモルディブに旅したときのことでした。一人は体育の先生、一人は数学の先生、そしてもう一人と私が英語の先生、全て男の旅です。これは余談ですが、数学のF先生は、経由地のスリランカの空港のトイレで用を足した後に手を洗おうとしたら、横からすっと別の手が伸びてきて蛇口をひねってくれたのだそうです。F先生は感激して、"Thank
you very much."と言ったら、相手に"One dollar."と言われて、素直に払ってしまったんです。みんなで大笑いしてしまいました。
ところが、今度は私たち4人が大変な思いをさせられることになります。帰りに寄ったスリランカの空港で、旅行社から渡されたクーポンを航空券に変えようとフロントに行ったところ、そこで対応してくれた若い二人の美人職員が、真剣な顔で言うのです。「あなたたちの飛行機はもうすでに出発してしまいました」私たちはもう大あわて。どうしたものかと騒いでいると、しばらくしてその二人の女性がくすくす笑い出しました。何と私たちは冗談を言われてからかわれただけだったのです。国際空港の職員が、他国から来た観光客をからかうなんて信じられますか。しかし、私たちは二人の美貌に負けてしまいました。
これは全くシャレにもならない話です。ある日、放課後もう暗くなった教室で、窓側の半分だけ電気をつけて作業をしていたところ、職員室に残っていた最後の職員がもう校内には誰もいないと勘違いして、アラーム(警報装置)をセットして外に出てしまったのです。それから恐らく数分して、校舎の外回りの道路を何台かのパトカーが通過したのが赤い光の点滅でわかって、一体何があったんだろうと不思議に思いながら、職員室に戻ったところ、鍵がかかっているではありませんか。しかも電気は消えている。
私は焦って廊下を駆け下りました。その途中で、職員玄関から何名もの警察官が突入してきて、懐中電灯で私を照らすとドスのきいた声で言ったのです。「あんた何者かね!?」「私はここの職員ですけど、あなたたちこそ一体何の騒ぎなんですか」そして、警察官の説明を受けて全ての事情が判明したのです。
ところが、いくら言っても彼らは私が学校の職員であることを信じてくれません。そこで、私は彼らと一緒に職員室に戻って、そこの電話から警備保障会社に電話を入れて、自分がこの学校の職員であることを証明してくれるように頼みました。やっとのことで身分が判明した私に、「いやあ、どうもご苦労様でした」と謝ってくれた警察官。でも、悪いのは念のために校内放送も入れずに勝手にアラームをセットして帰ってしまった職員ですよね。私の机には荷物が置いてあったはずなのですから。だいたい、最後の職員はそんな風に職員室内を点検して、誰もいないのを確認してから帰るのです。
以前、朝練で玄関を開けてアラームの解除をするのを忘れて思いっきり廊下に飛び出してしまって大騒ぎになったことがありましたが、知らぬ間に泥棒と間違えられてしまったのはこれが最初で最後でした。学校の先生たち、ちゃんと確認してから帰ってね。
私が茅ヶ崎市立萩園中学校で3年生のクラスを担任していたときのことでした。普通高校には進学が望めなかったある男子生徒が、何とか専門学校に合格することができたのです。一般的に、高校に合格した生徒は朝の打ち合わせ等で全職員に紹介がてら報告をすることになっていたのですが、私も彼を廊下で待たしておいて、タイミングを計っておりました。ちょうどその朝は卒業アルバム用の職員写真の撮影の予定が入っていたのですが、打ち合わせが終わって私が教頭に「合格の報告をさせてください」とお願いすると、何とその馬鹿教頭は「時間がないから早くしてね」と言ったのです。彼はもう3日間も待たされていて、挙げ句の果てがこの台詞。私は怒りを抑えて彼の合格報告をすますと、隣のたばこ部屋にこもって、職員写真をボイコットしようとしました。しかし、教務主任で私の中学時代の恩師のたっての願いで、何とか外に出て行ったのですが、他の職員をかなり待たせてしまったので、学校長が私にこう言ったのです。「いつまでもガキみたいにだだこねてるんじゃないよ!」私はこの馬鹿校長の言葉にはさすがに堪忍袋の緒が切れて、殴りかかって行きました。もちろん本当に殴るつもりなどはなかったのですが、周りの職員はあわてて私を羽交い締めにして、「今は我慢しろよ、なあ」と私を諭しました。そのときの卒業アルバムには、「ふん」と空を見上げて映っている反抗的な私がおりました。生徒たちに「どうして?」と聞かれたので、「一緒にお酒が飲めるようになったら訳を話してあげるよ」と答えた私でしたが、羽交い締めにしてくれたH先生を、私はもがきながらけっ飛ばしてしまったそうです。本当に短気で申し訳ありませんでした。しかし、私はあんな馬鹿な連中が教頭や校長になれる茅ヶ崎市を本当に軽蔑しています。
写真撮影の後、更衣室に入ってきた教頭は、私に言いました。「あのさ、僕が悪いんじゃないよね?」アホかと思いました。「てめえが悪いに決まってるだろう!」と心の中で怒鳴りながら、私は「お騒がせして申し訳ありませんでした」と知らんぷりを決め込みました。さすがに事情が飲み込めた校長は、殴りかかった私を校長室に呼んで説教をする勇気もなかったようです。ああ、情けない。